大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)2343号 判決

上告人

尾形建設株式会社

右代表者代表取締役

尾形源二

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

石川英夫

被上告人

大石茂松

大石政竹

右両名訴訟代理人弁護士

守川幸男

主文

原判決中上告人らの地役権設定登記手続請求に関する部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人らの控訴を棄却する。

上告人らのその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用は、これを四分し、その一を上告人らの、その余を被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人石川英夫の上告理由第一ないし第四について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。

1  小野とよは、昭和四一年当時、千葉市長作町一一〇七番三宅地100.89坪を所有していたところ、右土地を住宅地として分譲することを計画し、同年五月六日、右土地を同所一一〇七番三の土地(宅地166.92平方メートル)、同番一九の土地(宅地148.83平方メートル)及び第一審判決別紙第一物件目録(三)記載の土地(以下「本件土地」という。)に分筆する旨の登記手続をした上、同月一二日、三栄商事有限会社に対し、右一一〇七番一九の土地及び近隣の住民のための公道に通ずる通路の一部を成していた本件土地を売却して、同月一三日、その旨の所有権移転登記手続がされた。この際、小野と三栄商事との間において、少なくとも黙示的に、小野所有の右一一〇七番三の土地を要役地とし三栄商事が取得した本件土地を承役地として通行地役権を設定する旨の合意(以下「本件合意」という。)がされた。

2  小野は、昭和四一年一〇月二九日、右一一〇七番三の土地を、前記物件目録(一)、(四)ないし(六)記載の各土地(以下、同物件目録(四)ないし(六)記載の各土地を、それぞれ、「(四)の土地」、「(五)の土地」、「(六)の土地」という。)に分筆する旨の登記手続をした。その後、これらの土地は、尾形源二等に順次売却され、更に転売されて、上告人滝口宣勇は昭和五三年一一月二七日に(五)の土地を、上告人馬場信之は昭和六一年一一月一九日に(六)の土地を、上告人尾形建設株式会社は平成元年三月六日に(四)の土地をそれぞれ取得し、その旨の各所有権移転登記手続がされた。この間、本件土地は、右各土地の所有者等により通路として利用されていた。

3  株式会社丸東工務店は、昭和六二年一〇月二二日、三栄商事から本件土地及び前記一一〇七番一九の土地を購入した者から更に右各土地を購入し、同日、その旨の所有権移転登記手続がされた。丸東工務店は、昭和六三年九月九日、右一一〇七番一九の土地を、前記物件目録(二)、(七)及び(八)記載の各土地(以下、それぞれ、「(二)の土地」、「(七)の土地」、「(八)の土地」という。)に分筆する旨の登記手続をし、同年一一月三〇日、丸東工務店から、被上告人大石茂松は本件土地及び(八)の土地の各三分の二の持分並びに(七)の土地を、被上告人大石政竹は本件土地及び(八)の土地の各三分の一の持分並びに(二)の土地をそれぞれ購入して、同日、右の旨の所有権移転登記手続がされた。

この際、被上告人らは、丸東工務店から、本件土地は公衆用の通路である旨の説明を受け、これが従前から(四)ないし(六)の各土地を含む近隣土地の所有者等のための通路として使用されていたことを認識し、本件土地が右のように用いられることについて了解していた。

二  本件において、上告人らは、主位的に本件合意に基づく通行地役権を承継取得したとして、予備的に上告人らは右と同内容の通行地役権を時効取得したとして、被上告人らに対し、上告人らがそれぞれ通行地役権を有することの確認と、右各通行地役権に基づき本件土地について地役権設定登記手続をすることを求めている。

原審は、次のように示し、上告人らの通行地役権確認請求は認容すべきものとしたが、地設権設定登記手続請求は棄却した。

1  被上告人らは、本件合意により設定された通行地役権の負担のあることを十分に承知して、通路であることが明白な状況にある本件土地を取得したものであるから、被上告人らは、右通行地役権について、設定登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらず、上告人らは、被上告人らに対し、設定登記なくして通行地役権の存在を主張することができる。

2  しかし、右のように上告人らが被上告人らに対して通行地役権を設定登記なくして主張し得ると認められるからといって、他の特段の登記原因がないのに、上告人らの被上告人らに対する地役権設定登記請求権が生ずるとはいえない。したがって、上告人らの被上告人らに対する地役権設定登記手続請求は、理由がない。

三  しかしながら、原審の右判断のうち、1は是認できるが、2は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

通行地役権の承役地の譲受人が地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらず、通行地役権者が譲受人に対し登記なくして通行地役権を対抗できる場合には、通行地役権者は、譲受人に対し、同権利に基づいて地役権設定登記手続を請求することができ、譲受人はこれに応ずる義務を負うものと解すべきである。譲受人は通行地役権者との関係において通行地役権の負担の存在を否定し得ないのであるから、このように解しても譲受人に不当な不利益を課するものであるとまではいえず、また、このように解さない限り、通行地役権者の権利を十分に保護することができず、承役地の転得者等との関係における取引の安全を確保することもできない。

これを本件について見るに、小野と三栄商事との間に昭和四一年五月一二日に小野の所有地を要役地とし三栄商事所有の本件土地を承役地として通行地役権を設定する旨の合意がされ、上告人らはその後分筆された要役地をそれぞれ承継取得し、被上告人らは承役地を承継取得したのであるところ、右通行地役権については地役権設定登記はないが、前記のとおり被上告人らは右設定登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらないのであるから、上告人らは、被上告人らに対し、右通行地役権に基づき、右合意の日である昭和四一年五月一二日設定を原因とする地役権設定登記手続を請求することができるものというべきである。

そうすると、右とは異なる見解の下に上告人らの地役権設定登記手続請求を棄却した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中右請求に関する部分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、上告人らの地役権設定登記手続請求は理由があり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、被上告人らの控訴のうち同請求に関する部分は理由がなく、これを棄却すべきである。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認するに足りる。論旨は採用することができない。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田博 裁判官河合伸一 裁判官北川弘治 裁判官根岸重治は、退官につき署名押印することができない。裁判長裁判官福田博)

上告代理人石川英夫の上告理由

第一 主位的請求に対する裁判の脱漏

一 控訴審判決は、通行地役権設定登記手続請求につき、「第一審原告が第一審被告らに対して本件通行地役権設定の登記手続を請求するには、何らかの登記原因があることを要するところ」、「本件訴訟において第一審原告らは、右通行地役権の取得時効とこれを原因とする地役権設定登記を請求しているので、この点につき、検討する。」と述べ、第一審原告が主張する登記原因を、取得時効のみに限定している。

二 しかし、訴状の請求の趣旨及び請求の原因の記載から明らかなように、取得時効は予備的請求に過ぎず、それに先立ち、主位的請求として、昭和四一年五月一二日付地役権設定契約を原因とする登記手続を請求し、その請求原因として、黙示的通行地役権設定契約に基づく登記手続請求権の承継取得、乃至設定契約によって設定された通行地役権の物権的効力によって当然に生ずる登記手続請求権を主張しているのであって(訴状第二の二の5)、控訴審判決は、この主位的請求及びその請求原因を全く無視し、これに対する判断を脱漏している。

第二 積極的釈明権の不行使の違法

訴状第二の二の5の記載の趣旨は、右のとおり、通行地役権設定契約に基づく登記手続請求権の承継取得、乃至設定契約によって設定された通行地役権の物権的効力によって当然に生ずる登記手続請求権を主張する趣旨であるが、仮に、百歩譲って、その主張が舌足らずで分かりにくいとしても、第一審原告らは、敢えて、主位的と予備的の順位を付けてまで、二つの請求をし、それぞれの請求について、その原因を主張しているのであるから、裁判所が、これを無視することは許されないのであって、その無視が裁判の結果に直接影響することは明らかであり、しかも、その請求乃至主張がなされていることは訴状の記載から明らかであり、更に、第一審においても、控訴審においても、登記手続請求権それ自体が単独で争点になることは無かったのであるから、裁判所としては、右主位的請求及び主位的請求原因に関する主張につき、積極的釈明権を行使すべきであり、これを怠り、短絡的な独自の見解に基づいて、不意打的に、取得時効の他に登記原因の主張が無いものと決めつけて、予備的請求についての請求原因に対してのみ判断して、第一審原告の通行地役権設定登記手続請求を棄却した控訴審判決は、当然に行使すべきであった釈明権を行使しなかったという点において違法であり、破棄を免れない。

第三 地役権設定登記手続請求権の発生についての法解釈の誤り

一 通行地役権を設定する旨の明示乃至少なくとも黙示の合意の成立があれば、その法律効果として、当然に、通行地役権設定登記手続請求権の発生が認められなければならない。けだし、所有権譲渡契約に所有権移転登記手続の合意が当然に含まれていると解すべきと同様に、通行地役権の設定契約には設定登記手続の合意も当然に含まれていると解するのが経験則に合致した合理的意思解釈であると言えるし、また、通行地役権は物権であるが故に、取引安全のために公示を要するからである。従って、通行地役権設定契約の成立を主張さえすれば、これに基づく通行地役権設定登記手続請求権の発生原因を主張したことになるのである。

二 しかるに、控訴審判決は、通行地役権設定契約の成立を認めながら、通行地役権設定登記手続請求権の成立を認めず、通行地役権設定契約の意思表示の解釈において、経験則及び物権の本質に反する解釈をしているという点において、違法であり、破棄を免れない。

第四 取得時効の成立要件の解釈の誤り

次に、控訴審判決は、時効取得を判断するに際し、「通行地役権の時効取得が認められるには…要役地の所有者によって承継地となる土地の上に通路が開設されたものであることを要するを相当とする」という最判を、極めて限定的に解釈し、第一審原告らが、自己の占有に前主の占有を併せて主張しているにもかかわらず、これを無視し、自己の占有に前主の占有を併せて主張できるという民法第一八七条第一項の適用の余地を、通行地役権の時効取得においては排する結果となっている。即ち、第一審原告らは、通行地役権設定当時を起算点として、前主の占有も併せて主張し、その結果として、起算点当時の要役地の所有者である訴外小野が通路を開設しているのであるから、右最判が判示した右要件を満たしているものとして、時効取得を主張しているにもかかわらず、控訴審判決は、敢えて、第一審原告らのこの主張を無視し、前主の占有を排斥し、第一審原告らの占有のみを基礎とし、その結果として、第一審原告ら自身が通路を開設したものではないとして、通行地役権の時効取得による登記手続請求を棄却しているのである。控訴審判決が、何故に、、第一審原告らが訴外小野による通路開設を併せて主張することを認めないのか、全く、不可解である。

第五 物権的妨害排除請求権の解釈の誤り

1 物権的妨害排除請求権は、物権に基づき、その効力として認められるものであり、従って、その物権の円満な行使が妨げられるところには、当然に、発生するものなのであって、その行使が権利の濫用として、即ち、他の権利との調整において、許されないという事情が無い限り、妨害の排除が認められるべきなのである。

2 しかるに、控訴審判決は、第二物件目録(二)記載の各物件が、特に、駐車場屋根や駐車場支柱穴及び支柱が、本件通路に大きくはみ出して設置されていることが明らかであるにもかかわらず、「概ね第一審被告らの敷地内に設置されている」として、事実を強引にねじ曲げ、また、少なくとも、その妨害物設置部分においては、通行地役権の円満な行使が妨げられていることが明らかであるにもかかわらず、「若干通路側に出た部分があるとしても、その使用方法やその余の本件土地部分さらには通路全体の幅員、通路設置当時からこれまでの形状、利用状況等を考えれば、右物件自体が従前からの本件通路の通常の通行を妨害するものとして、通行地役権者たる第一審原告らから、承役地所有者たる第一審被告らに対して右物件の除去を求めることまで容認することはできない」として、その羅列事項から何故にそのような結論が導きだされるのか、訳が分からず、全く説得力を欠くとしか言いようが無い判断を示しているが、その判示部分を、分かり安く、平たく換言すれば、結局、本件各妨害物を避けて他の通路部分を通行することもできるから、妨害排除請求を認める必要は無いとしたものであろうか。とすれば、それは、妨害物が設置された範囲において通行地役権が反射的に自然消滅をするいう法解釈を示したことになろう。そうではなく、権利の濫用を認めたものとすれば、それは、第一審被告らの違法な妨害行為を保護に値する権利と認めていることになろう。いずれの理由も、不可思議としか言いようがないが、控訴審判決は、不当な結論を正当化しようとするものであるから、その理屈が不可思議なものにならざるを得ないのは、至極当然のことであろうか。

第六 慰謝料請求棄却における理由不備

半年間乗用車二台を通路幅員一杯に並列駐車して通行を妨げる等、通行地役権の円満な行使を妨げた第一審被告らの行為は、物権である通行地役権に対する侵害行為であるが故に、違法であることは明らかであり、その違法な通行妨害行為によって、第一審原告らが著しい精神的苦痛を被ったことも間違いないところであるから(人の苦しみを自己の苦しみとして感ずることができなければ、正しい裁判はできない)、金額はともかく、慰謝料請求権が発生すること自体は、否定できない筈である。しかるに、控訴審判決は、そのような行為は損害賠償しなければならないほどの不法行為に該当するとまでは認められないとして、第一審原告らの請求を棄却したが、何故に不法行為とならないのかの理由については、全く示すところが無い。仮に、受忍限度の範囲内であるというのなら、単に、その結論のみを示すのではなく、いかなる事情をどのように考慮した結果、受忍限度の範囲内であると判断したかを、明らかにすべきである。理由を示さない結論のみの判断は、唯我独尊の過ちを犯すことになろう。

第七 最後に

土地を出し合って、長年、使用してきた通路の自己提供土地を、通路と承知の上で取得しながら、勝手に自己の駐車場にしてしまうという傍若無人な違法行為が、何故に、適法化され、勝手に設置されて通行の妨害となっている物件の除去が、何故に、認められないのか、到底、理解できない。正義の実現のために、些かなりとも貢献したいと願って、法曹家となった者としては、いかなる裁判が正義の実現に適うかを十分吟味せず、安易に足して二で割ったような、或いは、喧嘩両成敗的結論を示した判決に対しては、深い失望の念を抱き、虚しさを覚えるのみである。控訴審判決のような違法行為に甘い対応は、違法行為を助長する結果となり、弱者が犠牲となる社会的傾向を強めることになりはしないかと、強く危惧するものである。

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